【TOPIC】新年明けましておめでとうございます。
皆さま、新年明けましておめでとうございます。
ランドスケープ・プラス代表の平賀です。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
私たちランドスケープ・プラスは、本日1月9日より始業いたします。年始より、年賀状やメールにてご挨拶を下さった皆さまには、この場をお借りして心より御礼を申し上げます。なお、本年より年賀状の送付を控えさせていただき、メールにて新年のご挨拶をお伝えすることにいたしました。コロナ禍の2021年より、年始の所感をメールにてお伝えして参りましたが、多くの皆さまからご感想のお返事をいただき、目指すべき価値観や世界観を共有できる貴重な機会となっていることを実感しています。
また、私が所属する一般社団法人ランドスケープアーキテクト連盟(以下、JLAU)が昨年11月16日から3日間に渡り開催したアジア太平洋地域国際ランドスケープアーキテクト連盟2023日本大会(以下、国際会議)が無事に閉幕しましたこと、大会実行委員長の立場よりご報告をさせていただきます。国際会議の開催にあたりまして、多大なるご支援並びにご協力をいただいた関係者の皆さまには、衷心より御礼を申し上げます。国際会議を通じて得た貴重な知見や経験を、皆さまとご一緒させていただくプロジェクトを通じて、必ずや体現して参ることをお約束し、感謝の言葉に代えさせていただきます。
さて、今年は元旦より心が痛む出来事が重なり不穏な年明けとなりました。能登半島地震では、多くの尊い生命が失われました。亡くなられた方々へのご冥福を心からお祈り申し上げますとともに、被災されたすべての方々に心よりお見舞いを申し上げます。そして、被災地へと急ぐ海上保安庁の航空機と民間航空機による衝突事故も大変痛ましい出来事でした。
国際会議に参加して下さった海外の皆さまからも、安否の確認や励ましのお言葉をいただきました。「自然とともに生きていく」をテーマに掲げ、気候変動社会における議論を重ねた矢先の出来事でもあり、災害に対する備えの重要性を再認識しています。木造住宅の多い地方都市における震災被害と、日本の玄関口である羽田空港での衝突事故が同時に起きた今回の出来事。災害や事故のニュースが報道される度に募る無力感を、どのようにすれば自分事として捉えられるのか。また、その時にランドスケープアーキテクトはどのような役割を担うべきなのか。2024年の展望と共に考えてみたいと思います。年始より長文のご挨拶となり大変恐縮ですが、ご一読いただければ幸いです。
地震大国ともいわれる日本にとって、災害に対する備えを更に深刻かつ複雑にしているのが温暖化の影響です。これからの社会は気候変動によって自然災害や健康被害のリスクが益々高くなると言われています。温暖化問題が1992年の国連締約国会議(COP)で議論されてから30年以上の時間が経過しましたが、昨年2023年の国内外における尋常ではない暑さは、温暖化が異常ではなく定常に移行した年として地球史に記憶されることでしょう。
南極で採取された氷床コアのサンプルに基づいた地球気温の推移比較から、2023年は地球史上12万年ぶりの暑さであったとの報道がありました。12万年前といえば、現生人類がアフリカを離れ、ユーラシア大陸へと拡散していった時代と重なりますが、現代を生きる私たちはこれからどこへ向かうことになるのでしょうか。
地球活動が安定し自然災害の少なかった時代は、人間の思考が自然の摂理よりも優位に立つためテクノロジー(科学技術)が発展しました。いわゆる工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)によって築かれたグローバルな経済が基盤となる社会です。しかしながら、気候変動に象徴される地球活動の変動期には、自然の脅威が人間の活動を制限するためエコロジー(生態系)が進化します。いわゆる狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)によって培われたローカルな自然が基盤となる社会です。日本政府が提唱する未来社会(Society5.0)とは、サイバー空間とフィジカル空間が融合した人間中心の社会と定義されていますが、私自身は、AI(人工知能)が新たな社会基盤として拡張するほど、地域ごとの特質がより際立つ社会、つまりはローカルな価値が復興すると考えています。その理由は明快で、人間がそれぞれの地域で自然とともに生きていくためには、全ての科学技術は生態系の一部としてそれぞれの地域で進化せざるを得ないからです。これから起こり得る進化のプロセスを、地球科学や行動心理学の視点から考えてみたいと思います。
地球科学の第一人者である京都大学名誉教授の鎌田浩毅先生は、地震や火山活動のメカニズムを大変わかりやすく説明される方で、私が常にその言動に注目をしている科学者のお一人です。鎌田先生によると、2011年に起きた東日本大震災の巨大地震をきっかけに、日本列島の地下岩盤に大きな歪が入ったことで、今後20年間は日本の至るところで大規模な地震が頻発することを指摘されていました。巨大地震の発生を過去にさかのぼると、平安時代の869年に東北沖で貞観(しょうがん)地震が起きた後に、日本全土で一定の期間に地震が多発した記録が残っているそうです。現在の日本列島は当時と同じ状況にあり、地球科学者の間では1000年周期の「大地変動の時代」に突入したことが定説となっており、鎌田先生は地震による被害が最も大きいと予測される首都直下型地震、南海トラフ地震、そして富士山の噴火について特に警鐘を鳴らされてきました。
今回の能登半島地震については、能登半島一帯で2020年12月から今回の地震の前までに震度1以上の揺れが500回以上発生しており、2023年5月には震度6の地震が観測されています。鎌田先生の指摘された地震が頻発する状況下において、能登半島地震が直面している一番の課題は、1981年の「新耐震基準」導入後に建てられた家屋が倒壊している点にあります。新基準を満たしていても、3年間続く群発地震によって建物の柱と梁をつなぐ部材が徐々に疲労したり、壁の中にひびが入るなどして、建物そのものの強度が下がっていた可能性が指摘されているのです。これは何も建物に関する問題だけではなく、橋梁や道路を支える土木構造物や上下水道のインフラも同じ状況であることが推測されます。日本列島には地震を起こす活断層が2000本以上あり、それぞれの場所の地質や地形が違っているように、地震の特性もそれぞれの地域ごとに異なっています。地域の安全性を維持していくにあたり、国内基準としてのナショナルな一般解だけに従うのではなく、地域の特性に応じたローカルな特殊解を見出していく必要があるのです。
災害や事故に直面した際の行動心理を検索してみると、イギリスの心理学者であるジョン・リーチ博士の研究論文が必ず表示されます。博士の研究によると、大規模な地震や突発的な事故など予期せぬ出来事に直面した際、多くの人は思考停止の状態に陥るとのこと。目の前で起きる経験したことのない事象についていけず、脳の認知的情報処理能力が混乱をきたして自己コントロール機能を失うことがその原因だといわれています。その割合は全体の凡そ75%であり、残りの15%はパニック状態に陥り、そして10%は冷静な判断や行動がとれるとのこと。ただし有事の際に最も怖いのは、パニック状態に陥る人が感情を露わにして衝動的な行動をとってしまうことにあるようです。その際、大多数を占める思考停止状態の人は、パニック状態の人の衝動的な行動に同調しやすくなるため、将棋倒しの事故のように周囲を危険な状態に巻き込む可能性が高くなると考えられるからです。これらの群衆心理によるリスクを回避するためには、落ち着いた行動が取れるリーダー的存在の育成が不可欠であり、防災訓練などを通じて災害時における知識や経験の習得を積み重ねることの重要性を説いています。これが有事の行動心理学におけるグローバル・スタンダードのようです。
羽田空港の事故で私が気になったのは、事故後の報道において国内のローカルメディアが事故の原因究明や責任追及に紙面を割く一方で、海外のグローバルメディアが乗務員乗員の行動を賞賛する視点の違いでした。この文化的な相違点はどこから来るのでしょうか。
前述の心理学は突発的な有事における人間の行動原理を研究したものですが、激動の変革期にあるこの時代そのものが有事であるとすれば、温暖化による気候変動に対して国内外の多くの人々が思考停止状態にあることの理由が腹落ちできます。その上で、パニックに陥ってしまう人間を非難する社会なのか、冷静な判断をもって行動する人間を評価できる社会なのかについては、未来の社会形成に大きな違いが生まれてくるように思います。乗客の生命を直接に預かる操縦士でさえも、管制塔からの指示を受けて行動をしなければならない局面が数多くある中、機長からの指示を得られない状況下において、自らの意志で非常口を開放した勇気ある客室乗務員の行動を評価せずして、今回の事故が起きた背景にある問題の本質は見えてこないと思います。海外メディアの視点から気づくべきは、日本のガラパゴス的な評価基準の不可解さではないでしょうか。また、これは私の憶測にすぎませんが、海外メディアによる賞賛の真意が、乗務員の冷静な判断による避難誘導だけでなく、379名からなる乗務員乗員の共同体的な行動様式にあったとすれば、行動心理学と文化人類学を掛け合わせたようなローカル・スタンダードによる評価基準が必要になるのではないでしょうか。グローバルな基準だけでは読み解けないローカル特有の文化から、激動の変革期を生き抜くための知恵が生まれてくるように思うのです。
先の国際会議で私たちJLAUが大切にしたのは、ランドスケープアーキテクチャーに携わる専門家に対して気候変動社会にふさわしい対話の機会を提供することでした。私たちが考える国際的な対話とは、それぞれの地域が持つ文化や歴史をリスペクトしながらも、そこに地球規模の文化的共通性を見出そうとする姿勢のことです。国際会議を通じた議論では、地球人として地域を生きる術をともに考えようとする姿勢に、気候変動社会にふさわしい新たな価値観が生まれてくる可能性を感じました。国際会議開催中の対話から生み出された貴重な知見をどのようにすれば、レガシーとして次の世代に継承することが出来るのか。これが実行委員長である私が自分自身に課した最大のミッションでした。国際会議開催地の自治体であった世田谷区は、2020年10月に「世田谷区気候非常事態」を宣言し、保坂区長の強いリーダーシップのもと、2050年までに二酸化炭素排出量実質ゼロを目指すこと、そして区民参加のもとでよりよい環境と生命を守るための行動を加速されることを表明されていました。世田谷区が進めてこられたグリーンインフラの基盤づくりや、自治体連携による再生可能エネルギーの普及拡大は、私たちJLAUが大会運営の中で大切にしてきた「国家という枠組みを超えて、地球人として地域を生きる術をともに考えようとする姿勢」そのものでした。そして、私たちが開催する国際会議において、アジア太平洋地域が目指すべき新たなグローバル・モデルとは何かという検討を行う中で、私は世田谷区の取り組みを優れたローカル・モデルとして国内外に人々に紹介したいと思いました。なぜなら、国際的な対話とは「それぞれのローカルが持つ文化や歴史をリスペクトしながら、そこにグローバルな文化的共通性を見出そうとする姿勢」のことだからです。
大会開催にあたり、気候変動の影響を受けやすいアジア太平洋地域のランドスケープアーキテクトから得られる知見を、どのようにすれば世田谷区の課題解決に活かすことができるかについて、幾度となく保坂区長と意見交換をさせていただきました。そして、大会開催地の自治体である世田谷区と本大会の主催者であるJLAUが共同宣言を行うことで、国際会議で議論された貴重な知見を開催地の自治体がレガシーとして継承できる仕組みを構築することが可能になったのです。国際会議の閉会式に、大会開催地の自治体とともに共同宣言を行えたことは、私たち日本のランドスケープアーキテクトだけでなく、アジア太平洋地域、そして世界のランドスケープアーキテクトにとっても、気候変動対策に取り組む上でとても大きな、そして記念すべき一歩になったことは間違いありません。ナショナルという国家間の枠組みを取り払い、気候変動というグローバルな課題に対して、それぞれの国におけるローカルな成功事例から課題解決の糸口を見出そうとする姿勢に、参加者の誰もが新たな可能性を感じてくれたのではないかと思います。
いま、私たちランドスケープ・プラスが携わっているローカルなプロジェクトにおいても、価値観が大きく変動する社会においてグローバル・スタンダードになり得るような取り組みを行っていますので、最後にご紹介させてください。
昨年の2023年9月に、首都圏発の英国パブリックスクールの日本校が千葉大学・柏の葉キャンパスの敷地内に開校しました。私たちランドスケープ・プラスは、英国で450年以上の歴史を誇り、ラグビー発祥の地として知られるRugby Schoolが運営する新たなキャンパスのランドスケープデザインに携わりました。本学が位置する柏の葉キャンパス駅の周辺には、前述の千葉大学・柏の葉キャンパスに加え、東京大学・柏地区キャンパス、産業技術総合研究所柏センターなどの研究機関や、産学連携に期待するベンチャー企業などが集積し、「国際学術都市」と「次世代環境都市」を目指したスマートシティが推進されています。これらの先進的取り組みが実践されている背景には、2008年に柏市・千葉県・東京大学・千葉大学が連携・協働して掲げた「柏の葉国際キャンパスタウン構想」があります。
本構想では、街全体で国際競争力の向上に寄与する取り組みを目指すなど、日本が抱える課題解決に向けた明確なビジョンが掲げられています。このビジョンを受けて、Rubby School Japanの新たなキャンパス計画においては、千葉大学の演習圃場であった歴史を継承し「学びの土壌を継承する」ことを掲げ「学習の創造的循環」と「環境の持続的循環」を目指すランドスケープデザインを実践しています。街づくりの一角を担うランドスケープのデザインを検討する上でも、街全体がグローバルな視野を持つことでローカルな価値を活かした取り組みが実現することを実感したプロジェクトでした。
今年の2004年4月には、前橋の中心市街地で地域の人たちと共に取り組んでいる「馬場川通りアーバンデザインプロジェクト」が完成します。かつての前橋中心市街地は、前橋城の外堀を成す利根川から取水された大小様々の用水路が城下の街中を網の目状に流れていましたが、先の大戦で市街地の8割が焦土と化す中で、戦災復興土地区画整理事業により、街中の用水は暗渠化され、開渠の用水には柵が張り巡らされました。地元有志の寄付金によって整備される全長200mの馬場川通りにも、利根川から取水される用水路が残っています。
私たちのデザイン提案はとてもシンプルで、用水路の柵を外して蓋を取り払いデッキやベンチを設けて街の中に人と水との関係性を再び取り戻そうという試みを実践しています。農業用水としての役割を終えた用水路のネットワークを、グリーンインフラやウォーカブルな社会に資する安全性と快適性を備えた基盤に再編する。あるいはゼロカーボン社会を見据え、利根川の水力発電網と用水の小水力発電の連携によって地域オフグリッドの基盤を構築する。これらの取り組みは地域の自然資本に根差した既存インフラを更新することで成立しており、今後DXやGXに代表されるテクノロジーを街中に実装することで、持続性の高い地域の価値がより顕在化されることを期待しています。
これからの街づくりで大事なことは、グローバルやナショナルなルールで平準化された情報やテクノロジーに左右されず、地域に残る歴史や文化を守ることを目的の中心に据えて、ローカルに特化した仕組みを発明していくことではないでしょうか。前例のない課題に挑戦するためには、グローバルな視野をもってローカルな価値を見出していく必要があります。激動の時代を生き抜くためには、誰かの指示を待って動くのではなく、いま置かれた困難な状況に自らの意志をもって風穴を開けることが大切です。
2024年もランドスケープ・プラスの飽くなき挑戦にご期待いただけると幸いです。
2024年1月吉日
株式会社ランドスケープ・プラス
代表取締役 平賀 達也
RUGBY SCHOOL Japan(千葉県柏市)
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